2017年1月29日日曜日

【書評】天才にして、稀代のエロ事師!村西とおるの極厚伝記『全裸監督』



「お待たせしました。お待たせし過ぎたかもしれません…」



「カリスマティックで、エキセントリックで、ドラマティックで、ポルノグラフィックな村西とおる監督の決定版伝記が、マンを持してリリースされたんですねぇ。」



ふぅ…、村西とおる節でちょっと入ってみた。このまま1本書こうかと一瞬思ったけど、無謀だとすぐに気付いたよ。。


さて、村西とおるという名前、男性諸君ならば1度は聞いたことがあるだろう。ただ、30代以下の人達は名前こそ知りさえすれ、その実、どういう人で何でこんなに有名なのか、きちんと知らないのではないだろうか?

かく言う僕もほぼ同様で、「なんかエロ界隈で伝説化されてるおっさん?」位の認識だった。

実際その通りで、エロ界隈の伝説的なおっさんなのだが、今回この『全裸監督』というおおよそ700ページもあるクソ厚い伝記を読んで、村西とおるとその生き抜いてきた時代のスゴさand面白さにカッ飛んだ。

いや、久々にこんな面白い伝記を読んだよ、この厚さで。
とりあえず、スティーブ・ジョブスの伝記を買ったけど読まずにインテリアの一部になってるやつらは全員これ読んだ方がいいよ!

すげぇハングリー精神、すげぇ商才、すげぇ肝っ玉、すげぇ胡散臭さ。

正直 "Stay hungry, Stay foolish"をここまで体現してるのって、イーロン・マスクとジェフ・ベゾスと村西とおるしか知らんぜ。

エロという色眼鏡、そして前科7犯という逮捕歴がついてまわるけれども、本当に時代の寵児が突っ走った躍動感のある伝記に仕上がっております。

まず以って、帯文が素晴らしい。

「人生、死んでしまいたいときには下を見ろ!おれがいる。」

格好良すぎるわ!笑


さて、ひと盛り上がりさせて頂いたところで、読みどころを紹介したい。のだが正直クライマックスが多過ぎるので、とりあえず時代を分けて紹介しよう。

■誕生〜英語教材セールス時代
上京して初任給17,000円から、英語教材セールス全国1位まで上りつめ、「5,000円以下の昼メシは食わなかった」とうそぶいた時代。最初の成功を勝ち取った。

こういうキャリアのビジネスマンのビジネス書とか、よく見るでしょ?「本当の営業力 -僕はいかにして全国1位を取ったか。-」みたいな。。
村西とおるの、ビジネス書とかに載っててもおかしくないような「営業の心構え」みたいな話も本書で出てきて、ただ感心。普通に商売やっててもすげぇおっさんだったんだなと分かる。。

でも、村西とおるにとってはほんの序章。そもそもまだ、エロ業界にも入ってない。

■ビニ本・裏本時代
エロが儲かる、と分かった村西とおるがフットワーク軽くエロ業界に進出。破竹の勢いで業績を伸ばす。
そして稼いだ金を湯水のごとく使う使う。読んでて気持ちが良くなる位。
そんな中でもビジネスセンスは冴え渡る。「結局エロっていっても流通をおさえたヤツが勝つわけよ」と、冷静かつ戦略的な当時の販売方法を語りつつ、裏での警察や税務署への介入の話も暴露される。

■AV監督時代
本書のメイン。とにかく出てくる話題がトンデモない。
アメリカで捕まって懲役370年を言い渡されるわ、ジャニーズ事務所とガチで喧嘩するわ、逮捕歴を積み重ねるわとスキャンダラスって信じられない話題を振りまきつつ、"AVの帝王"と評され、そして倒産まで走り抜いた経緯と、黒木香を始めとした、時代を彩った代表的な女優達の話や製作秘話がかなり詳細に綴られている。

そしてその詳細に女優たちへの並々ならぬ愛情と、その時代への愛着を感じる。とにかく一人一人の事をすごく覚えていて、細かなエピソードも含めて山のように話が出てくる。圧巻。

■借金50億〜現在
倒産してからの激しい取り立て、金策、貧乏暮らしが隠す事なく語られている。闇社会と言われる人達からの取り立てや裏切り、そんな中、家族で肩を寄せ合い生き抜いていく生き様がどこぞの泣かせるドキュメンタリーも真っ青の感動話。
しかも芯の通った子育ての自論を持っているのが驚き。
その子育ての成果として、長男が受験最難関小学校に合格した時、出版社から"子育て論"の執筆依頼が殺到した。にも関わらず「子どもを金のタネにしたくない」と断固拒否したというただただ凄い父な伝説も出てくる。
それから現在に続く暮らし、体力的に男優として機能できない事実と、近年高まる村西とおるへのリスペクトなどの周辺の話も書かれている。

代々木忠との対談の話があったが、村西とおると代々木忠の二人は、本当にAV界を作った二大レジェンドなんだなぁと感慨深く読み耽った。

読む前まで「名前しか知らん」程度の自分だったが、ここまで読むと村西とおるのスゴさが分かり過ぎる程分かり、自然と感慨深くなったのだ…。


とまぁ、各時代それぞれが伝記1本分に値するような凄まじい人生の濃さ。「そりゃ分厚くなるよね」と、最終的には納得の1冊なのです。

いや、ホント、騙されたと思って、ヘタなビジネス書とか買うよりよっぽど実践的な知恵に溢れた本ですよ。司馬遼太郎とか読むと思って、是非どうぞ。


最後に村西とおるに敬意を評して、彼の決め台詞で。

「ナイスですねぇ、ナイスな本でした。」



おしまい。

2017年1月28日土曜日

【追記あり】【書評】岸政彦:芥川賞候補作『ビニール傘』、最新作『背中の月』

【2/11追記】本文中では『ビニール傘』の書籍には"ビニール傘"の一編しか入っていないような記載になっていますが、これは出版前に書評を書いたことによる誤りです。
書籍『ビニール傘』に、"ビニール傘"と"背中の月"の二篇が入っています、失礼致しました。

先日ブログで第156回芥川賞の候補作についてちょっと触れたけど、今日はその続き。

候補作の中でも気になっていた、岸政彦『ビニール傘』と、同じく岸政彦の最新作『背中の月』を読んだ。


※ ちなみに上の画像は現状(1/28)Amazonに飛びません…
    まだ発売してないから画像なしの様子…。
    発売されたらAmazonリンクに差し替えます。
   →【2/11追記】差し替えました!


それぞれ文芸誌を読んだので初出を紹介すると、
『ビニール傘』は『新潮 2016年9月号』
『背中の月』は『新潮 2017年2月号』

   

このうち『ビニール傘』は出版が決まっていて、新潮社から1/31に書店で発売!ヒューヒュー!!(古いか…)

『背中の月』はというと、こっちはまだ最新の文芸誌に載ったばかりなのでどうなるかは不明。多分出版されるんだろうけど、20ページ位の短篇(枚数は不明)なので、これだけで1冊はならないんじゃないかな…。



ちなみに長さでいうと『ビニール傘』も短い。
普通はこれ1作では出版しないと思う。『背中の月』と合わせて1冊でまぁ、薄めだけどいいかな、という程度。

学者としてある程度名が通ってるし、デビュー作で芥川賞候補だし、という事情で「機を逃さず出版だ!」と踏み切ったんだと思われる。
人に読ませたいと思う程に面白かったから、この出版はいいと個人的には思う。

さて、内容の話をしていく。
二篇とも、大阪に暮らしている普通の男女、それも社会的には弱者と分類される男女、の物語だ。
岸政彦の本を読んだ事がある人は判るだろうが、岸がインタビューの対象として選ぶような、市井の中で、目立つ事なくその日その日を暮らしている人たちが、小説でも主人公になっている。

同じく共通して言えるのは、登場人物の生活のディテールの描写のリアルさだ。

ただ、これはきっと岸の小説では必然なんだと思う。
恐らく岸の小説は、今までにインタビューや取材をしてきた沢山人をベースに登場人物が作られている。そうベースはリアルな人なのだ。

登場人物のモチーフとなる人の現実の暮らしを見知っている。
だから、描写が具体的でリアリティに溢れているのだなのだ。
ほんとに、ちょっとした事だけど、その人の性格、育ち、経済状態などが透けて見える、そういうディテールが書き込まれている。

少し引用する。

部屋の真ん中には小さな汚いテーブルがあった。その上は吸い殻が山になった灰皿と、携帯の充電器と、食べかけのジャンクフードの袋と、なにかわからないドロドロした液体が入っているパステル色のコスメの瓶であふれかえっていた。床の上には、脱ぎ捨てた服や下着、ゴミのはみでたコンビニの袋、ジャニーズの雑誌が乱雑に散らばっている。小さな液晶テレビ、派手なオレンジ色のバランスボール、足がグラグラするコートハンガーには大量の安っぽい服がぐちゃぐちゃに掛けられていた。テーブルの上をもういちどよく見ると、カップ麺の食べ残しがそのままになっている。(岸政彦『ビニール傘』より)

どうだろ、ついさっき現実の部屋を見てきたような描写じゃない?すごく映像的で、個人的には『限りなく透明に近いブルー』の冒頭の描写を思い出した。


このリアルさが二篇とも活きて、短篇にも関わらず登場人物のリアルな情感が伝わってくるし、それぞれの場面が映像として目の奥に映し出される。

ここからは、個別の話を少し。

■ビニール傘
岸政彦初の小説だという。大阪の日雇いの飯場で働く男と、美容室で働いていた女の話。
男側、女側の両方に分かれて、それぞれの話が描かれる。

男側の話は特に、時間が前触れなく移り、多層的、何人の話かもきちんと分からない。そして、それに呼応するように女の物語が書かれると思いきや、そうではない。同じ大阪の街で出逢ったのか、出逢わずにすぐ横をすれ違ったのか、そういう男と女の話になっている。



正直「これ初めて?」という驚いた、上手いし心に残る。小説として粗削りなところ(描写の必然性とか、文章の無駄のなさとかそういう話)は少し感じたにせよ、やはりインタビューとかのドキュメンタリーでなく、小説だから描ける人間っていうのがあるのだなと感じた。スゴい推す。

■背中の月
大阪で働く夫婦の話。苦しい生活を共働きでやり過ごす夫婦だが、突然妻に先立たれるという話。
これもやはり本当にこういう人が居たんだろうなと思わせる。なんか、こういう運命の悪戯のような出来事のせいで、あれよという間に自分の人生がほつれ、破けていって思ってもみない形で一生を終える人が沢山いるんだろうなと思った。

どちらも決して明るい物語ではない、けど、いい物語。こういう人達にスポットを当て、物語を書いていく作家も必要だよなと思う。

今後も書いていってほしい。そして岸政彦が気になった人は是非、小説もそうだし、彼のインタビューなり、エッセイなりも読んで欲しい。根は同じだし、どれもお勧めだから。

          

おしまい。

2017年1月25日水曜日

【イベント告知】2/19(日)『筆極道 仁義なきリレー小説の宴』@はすとばら

移動図書館ブログ管理人and紙芝居師のどいけんです。(久しぶりに名乗った…)

移動図書館とは別ですが、2/19(日)にやるイベントの主催の1人となっているので(発起人は益子武くん)、告知します。


-----以下、Facebook イベントページの引用(文中の"僕"は武くん)-----

筆極道 仁義なきリレー小説の宴 

ーみんなで書く一本の小説ー 童話からSMまで




昔僕が学生だったころ。

僕と同級生たちは誰かの家に泊まっては、みんなでリレー小説を書いて遊んでいました。

みんな素直に筋を発展させることよりも、いかに不意をついて予想できない方向に話をぶっ飛ばすかに

全力を傾けていたので当然ストーリーはめちゃくちゃ、でもその分意外性だけは半端なくて

僕らは誰かが続きを書くたびにそれをまわし読みしては大爆笑していました。



大人になった今、はすとばらであの遊びをみんなでやりたい、その一心で企画したイベントです。

内容としては

・エントリーした(当日その場でオッケー)「文豪」たちによるリアルタイム即興リレー小説を柱に
 (テーマは落語の三題噺のようにみなさんから募集)

・参加者全員で車座になり百物語のように語り形式で物語を即興で引き継いでいく

・物語を引き継ぐ形での弾き語りライブと紙芝居ライブ

・物語に響きあうライブペインティングとライブ漫画

という感じになります。



小説と言ってもぜーんぜん堅苦しく考える必要はありません、執筆経験なんてなくて全く無問題

ましてや文才なんか全く要りません。

ゲーム性を重視したお遊びと考えてください。



書かれた小説、語られた物語はすかさずプロジエクターで投影され、その後ネット上にアーカイブされます。



どうですか?意外と面白い遊びじゃないですか?

こういうの新しくないですか?



嫌がる人に参加を無理強いしたりはしませんので安心して興味本位で遊びにきて下さい。



入場、参加費 無料(要ワンフードオーダー)

開場18時 スタート19時


----ココまで----

僕はリレー小説書くのと、紙芝居書くのと、ともすると弾き語りの詩も書く感じです。
主催の2人の本好きが高じて「リレー小説とか面白そうじゃね?」いう所から始まったイベント。

本好きな方もそうで無い方も、
「面白そう!」「詳細聞きたい」「行ってやってもいい」「一言ある」などありましたら、ご一報下さい。

イベントURL:
https://www.facebook.com/events/1638324533137075/?ti=icl
管理人FB:https://www.facebook.com/doikemn/

おしまい。

2017年1月22日日曜日

【書評】山下澄人『しんせかい』:第156回芥川賞受賞作は、ふしぎに心に残った。

去る1月19日、恒例の芥川賞・直木賞の受賞者発表があり、第156回の芥川賞に山下澄人の『しんせかい』が選ばれた。



今回、4回目の候補入りで受賞だというが、恥ずかしながら僕は今回受賞で初めて知った。
毎回候補作をチェックし、受賞作をきちんと読むようにしたのは又吉のとき(第153回)という俄か者なので、前回候補になった第150回の時は全く知らなかったのだ。

しかも今回うっかり全くノーマークのままで、発表されてからLINEニュースで見たので、候補作が何だったかのチェックも後手になっていた。

去年引っ越して以来、近くに図書館が無くなってしまい、文芸雑誌をこまめにチェックし読まなくなったのが原因と自己分析。

折角の芥川賞予想の楽しみを持てなかったのは相当悔やまれるが、覆水盆に返らずということで今後は自覚的に情報取るべしと反省して気持ちを切り替え(無駄にマジメ)、
早速受賞作『しんせかい』を読み、他の候補作もチェックした。(候補作は未読)


まずは『しんせかい』の書評。

この小説は、劇団を主宰し、役者をしている(むしろ小説よりそっちのがずっと本業でやってる)著者が、
若い頃、脚本家倉本聰が主宰する『富良野塾』の二期生として、富良野で集団生活をしていた日々を下敷きに書いている。巷間に言うところの「青春群像小説」との事だ。(選者の吉田修一もそんな事言っている)

個人的にはこの括りは良くわかんないんだけど、多分「若者たちが主人公のキラキラした感じを描いてるやつ」なんだと思う、まぁ、若い=キラキラなので実際に必要なのはその空気感をどう表現できているか、なのだと思うんだが。

で、そういう意味だとこれは確かに当てはまるのかなと思う。が、一筋縄ではいかないというか、そういうつもりで読んでいって、最後グサッと刺される。

それがすごい決め手になって心に残った、文章がじわじわよくて、印象に残りはじめてたところでやられた。
まぁ、あまり言うと読んだ時に面白くないので、この辺でボヤかしとく。

小説は、主人公のスミトが【谷】と呼ばれる脚本家主宰の俳優・脚本家養成学校に向かう所から始まる。
地元から出て、養成学校に向かう舟の中からカットが始まり"天"と呼ばれる友達以上、恋人未満の何とも言えない関係の女の子との別れの回想がある。

【谷】に到着し、【谷】での日々が淡々と描写される。その合い間に、"天"との文通が幾つかされる。

あらすじはこうだ。

特異な環境ではあるので、何かあると言えば日々何かあるのだが、何も起きないと言えば何も起きない。
そもそもスミトは俳優を本気で目指して来ている訳ではなくて、だから夢に続くプロセスにいるという意識もない。そういう状態で、宙ぶらりんだ。

その、宙ぶらりんな感覚と、何も起きないんだけれども、気が付いたら十分過ぎるほど何か起きているような日々。それが淡々と綴られる。

小説、というか少しブログに近いようなつらつらと書かれた文章だ。何というか、芥川賞っぽくない文章。
ただこの文章で書かれる日々が、じわじわ残る。

読後感としては、ここ何回かの芥川賞で1番残った。
文体は全然違うけど、同じ芥川賞だとモブノリオの『介護入門』に近しい感じがした。

溢れ落ちるような生々しい何かが、最後に澱のように残る感覚だった。


あとは今更ながら候補作をチェックしての感想。
山下澄人『しんせかい』
加藤秀行『キャピタル』
岸政彦『ビニール傘』
古川真人『縫わんばならん』 
宮内悠介『カブールの園』
の5作が今回候補作だったようだ(加藤秀行は未刊行、3月刊行予定らしい)。


岸政彦が入ってんのか!で驚いた。
この人は最近話題の社会学者で、僕も好きで 2015年ベストにも選んだ。

この人の場合、ルポが十分小説的なので、小説書いても何もおかしくない。
今後も書き続けたら何回か目の候補で受賞すると思う。

何となく見た感じでしかないけど、宮内悠介とかそろそろ取りそうだけどなーと思ってたら、実際、山下澄人と一騎打ちになってたみたい。

ちなみに宮内悠介は『ヨハネスブルクの天使たち』がおすすめ。近未来SFで、伊藤計劃が亡くなった後、ポスト伊藤計劃は誰?って話題の中に出た本だ。



おしまい。

2017年1月17日火曜日

【書評】西加奈子『i(アイ)』:"わたし"と"あなた"と"みんな"の物語

昨日はなかなか重い本を扱いがっつり書いた(「文庫X」こと、『殺人犯はそこにいる』:1人でも多く読むべき本)ので、今日は軽めで。

最近、新しい小説読んでないなぁと思い、本屋でよく見かけ、目を惹いたものをチョイスして読みました。
去年(=2016)の11月30日に出た、西加奈子の最新作。


前にTVとかで見て(『さんまのまんま』出てたのだ!)西加奈子自身には好感持っていたのと、
西加奈子と仲良しの又吉が帯文を書いて大絶賛していたのが決め手。

個人的に、又吉の薦める本はかなり信用してる。



これ、又吉の書評集なんだけど、凄く面白かったし参考になった。


で、そろそろ話を戻そう。
今回、初めて西加奈子の小説を読んで、リアリティの持たせ方が上手い人だなと思った。

主人公の年代が僕と同じくらい(=31歳)で、災害・戦争・テロなどの時事的な話を同時代的に思い出せるのもあるんだけど、   
読者が少し共感しづらい人物設定にも関わらず、自然に寄り添う事ができたのは、著者の力量だろう。

少し設定を話すと、主人公のアイは、アメリカ人の父と日本人の母に養子としてもらわれたシリア生まれの女の子、という設定だ。
そういう女の子が日本で暮らし、学校に通う。昨今、国際化してきたとはいえ、こういう境遇はかなりレアだろう。

また、親友のミナはLGBTだ。後半で登場するパートナーも女性。広く流通するレッテルを持った少数者、だろう。

こういう人達の登場の仕方、立ち居振る舞いが自然で凄いなと思った。僕が最近の小説読まなすぎなのかも知れないけど、この読後感は初めて。

西加奈子はテヘラン生まれでエジプトにもいた事があるらしいから、その辺りが生きているのかな、とかつらつら思った。

中身としては、タイトルが『i(アイ)』である通り、主人公アイの話だ。

アイの名前が片仮名である事がポイントで、
アイ=I で「私というものの物語」が主題としてありつつ、アイ=i(虚数のi)でもあり、アイ=love にもなる。

主人公の名前に多義性を持たせることで、多義的な読み方を出来るようにする装置がこの"アイ"だ。

更に、アイの結婚相手の名前はユウ=you だし、
もっと言うとアイの親友の名前がミナ=皆 だ。

主要な人物の名前を全て代名詞と重ねる事で、普遍性を持たせようという狙いなんだと思う。

この辺りの設定を抱えつつも話の運びは自然。
上手いなーと思う。いや、実際この人すごいな、この先とんでもない面白いの書いてくれそうな予感がする。勝手に期待。

西加奈子、他にも読みたいと思う一作。


あと、作中に『テヘランでロリータを読む』が出てきた。
これ、大分気になってたけど、様子見してたやつだ。


けど、この小説を読んで更に読みたくなったので買おうか迷う。
面白いんだろうなーこれ。ちょっと引用されてる部分の雰囲気だけで、もう面白そうだもんなー。どうしよ。

おしまい。

2017年1月16日月曜日

書評:「文庫X」こと、『殺人犯はそこにいる』:1人でも多く読むべき本

※このブログはネタバレを沢山含みます

昨年「文庫X」として話題になった本の事をみんな知っているだろうか?


盛岡のさわや書店フェザン店の長江さんという方が2016年7月21日から企画で、本の表紙を隠し、なんの本か分からない状態で紹介文だけを載せて販売するという企画だ。


「文庫X」と『殺人犯はそこにいる』が変えるもの

書名が公表される前から本の特集などに登場したり、話題になっていたが、12/9に書名が公表されて、企画を始めた意図が発表されてから、より一層話題になった。

そして今書店で買おうとすると、「あの「文庫X」はこれ」みたい売り出しとともに長江さんの紹介文に包まれた本書を見つけられる筈である。


僕もその話題性に便乗し、「多くの人に読んでもらいたいからこそ、書名を隠した」と言わせた本というのはどんなものなのだろうと思い読んだ。
引き込まれるようにしてページをめくり続け、結局1日で読了したのだが、読了してみると長江さんの「どうにか多くの人に読んでもらいたい」と思いがよく分かった。

「これは紹介して、バトンを回すべき本だ」というのが分かったものの、一方で書名も明らかにされている今、「この読後感の重い(というかすっきりしない)ものをなぜ人に読ませるべきと思うか」も織り交ぜて書きつつ、次の読む人に繋ごう。

---  以下、ネタバレ。 ---

まず、読後感を一言で言うなら「カフカの小説でも読んでるんじゃないか」だ。むしろそうあって欲しいと思うほどに、読後感は釈然としない。

本書では、5件の未解決事件について「幼女連続誘拐殺人事件」ではないかと推定し、本格的に調査してゆく過程と結果が記されている。

話の発端は、"群馬県と栃木県の県境の半径10km"という狭い範囲で、幼女誘拐殺人、幼女行方不明の事件が5件もある事を、著者がたまたま発見した事だった。
この偶然の発見から、全てが始まったのだった。

この時点では、5件のうち3件はそもそも菅谷利和さんという人が「犯人」として捕まっており、5件という括りで連続性がある事件だとは、誰も(もちろん警察も)みなしていなかった。

しかし、筆者は"5件は連続事件に間違いない"と踏み、独自に調査を開始した。

そこから、執念の調査と遺族・関係者の協力により、「犯人」とされていた菅谷さんの冤罪を勝ち取り、更に"5件の連続事件"である可能性があることを認めさせたのだ。

凄い功績だ。冤罪により自由を奪われ、殺人者のレッテルを貼られた人を救ったのだ。
そこに至るまでの筆者や遺族やその他の関係者が費やした労力は計り知れない。

一方で、冤罪を勝ち取り、連続性のある事件だと認定されたとすると、真犯人がまだいる事になる。
真犯人を捕まえるまでは、事件は解決しないままだ。
普通ならば「真犯人を捕まえるための大きな前進だ」と考えるだろう。

だが、警察が真犯人を捕まえる気が無いとしたら、どうだろう。

どういう事かというと、真犯人はほぼ特定されているにも関わらず、捕まっていないのだ。

なんと筆者は、調査の中で真犯人の目星を付けており、警察に情報提供もしている。
だが、その風貌から「ルパン」と名付けられた真犯人は、捕まる事なく、今も自由の身でいる。
なぜ人物が特定されているにも関わらず、「ルパン」を捕まっていないのか。

理由は、警察の面子だ。

詳細は省くが、真犯人を捕まえる事で、警察は証拠に使っていたDNA鑑定の結果が誤りであった事を認めてしまうのだ。
それはこの事件で当初「犯人」とされた菅谷さんの誤逮捕だけでなく、今まで警察がDNA鑑定の結果を証拠としてきた、他の数多の事件の信憑性を脅かす。
最悪な事に、その中には死刑判決を下し、死刑を執行してしまった事件すら含まれる。

更に続ける。
「「犯人」として誤逮捕されたとしても、やってないと言い続ける事は出来なかったのか?」と思う人もいるだろう。

その疑問はもう一つの事実に繋がる。菅谷さんは当初「自白した」とされていたが、実際には取調べた刑事から強要された証言だったのだ。
後に事実が発覚すると不正な自白とされたこの自白は、菅谷さんが刑事のストーリーに沿った証言をするまで他の発言は認められず、延々と暴力行為を含む証言の強要が続いたらしい。

杜撰、かつ、非道な操作で「犯人」をでっち上げ、
冤罪を認めたもののその挙句、メンツのために真犯人は野放しにする。

「本書を1人でも多くの人に読んでほしい」とフェザン店の長江さんが企画し、多くの人に賛同され、読まれる事になった理由はこれだ。
そして僕が「カフカっぽい」と言った理由も。

ある日身に覚えのない罪で警察に逮捕される、殴る蹴る暴言吐くの誘導尋問で自白証言をあてがわれた挙句、「DNA鑑定の結果、一致したからキミに間違いないよ(合わない部分はトリムしたけどね)」と言われ、死刑になったり、刑務所で何十年も過ごす…

片や真犯人は野放し、「犯人逮捕」の喧伝の傍らで2人、3人、4人と被害者は増えていく…

と、こういう事が起きましたよという話だ。

「どんな不条理劇だ!脚本書いた奴出てこい。」と思わず言わずにはやってられんと思ってしまう。

散々ネタバレしてしまった…。
が、多くの人に是非手に取ってほしい本。
解決を願っている人達に、手を差し伸べるつもりで。

P.S. 他の書評も見てみたら、イケダハヤト氏もがっつり書いてたよ。購読してるのに知らなかったぜ…。

僕の書評よりも事実ベースand引用も多くて読み応えがあります、なにせプロガー界のトップランナーですからね。合わせて読んで下さい。


「足利事件」の真犯人は野放し状態。隠蔽された未解決事件「北関東連続幼女誘拐殺人事件」を知っていますか


おしまい。

2017年1月8日日曜日

書評『SMAPと平成』『大人のSMAP論』

さてさて、SMAPの話でございます。

昨年末、解散に向けて色々と騒がれる中、半分ミーハーな気持ちが入りつつも、芸能史的な興味が徐々に頭をもたげてきた。

去年落語を聴き始めたのをきっかけに、昭和の芸能史の流れはある程度追ってきてるつもりだが、平成はほとんど分からない。
テレビ番組的に言うと、『夢で逢えたら』は追えたけど、『夢がMORIMORI』は追えてない。
すなわち出演者で言うと、ダウンタウン、ウンナンは追えたけどSMAPは追えてない。

そんな感じで読んどきたいなと思い、 SMAP本を探してみると、新刊があるある。

ざっと書店でみる限りでも、12月に刊行されたSMAP関連の新書が3冊あった。

         
その中から、通史的なものを1冊と、著者が好みのやつを1冊をチョイス。

通史的なものが『SMAPと平成』で、著者が良いなと思ったのが『大人のSMAP論』。

まずは『SMAPと平成』、これはタイトルのパンチ力が断トツ。タイトル勝ち。

ただ実際の内容は、ジャニー喜多川誕生〜1996年(平成8年)が中心で、それ以降の記載はほんの少しなのはどうよと思う。

あとがきで1997年以降をあまり書けなかった理由を述べてはいるものの、「タイトルとスコープが違うんじゃねぇの?」が正直な感想。

せめて『SMAPと平成の誕生』とかにしてほしい、タイトルのパンチ力は下がるけど。

とはいえ、内容としては一番知りたい所が詳しく載っていた。

今や当たり前になったSMAPがテレビにいる風景、それが完成されたのがSMAP×SMAPの放映が開始され、ロング・バケーションでキムタクが平均視聴率29.6%を叩き出した1996年。

そこに至るまでが、ジャニーズの発祥から綴られている。ジャニーズ発祥から追っていく事で、SMAPがそれまでのジャニーズのタレントとどう違ったのか、また、その背景として芸能界、テレビ番組の風潮を捉える事が出来ている。

この辺りが分かりやすく示されているのが、この本の一番の功績だと思う。

ただ、SMAPの歴史とその時の時代状況を織り交ぜて語られているんだけど、平成になってからは政局が中心過ぎて、SMAPの歴史とあまりにも関係ないのがイマイチだった…。

新党さきがけが云々…と言われても正直ねぇ、という感じ。流行語とか、時代の風俗を織り交ぜるべきだったよなぁと思った。時間なかったのかも知れないけど。

まぁ、ぶちぶち文句も挟んだけれど、最近出た新書の中で、デビュー〜ブレイクまでのSMAPの歴史が事実ベースで1番まとめられているのがこの本なのは、間違いない。
なので、一冊読むなら、僕はこれを勧める。

次に『大人のSMAP論』。著者のうち戸部田誠は前に『1989年のテレビっ子』の書評を書いた、cakesでの連載をいつも読んでいて、
速水健朗は社会学者で、去年、都市論が気になった時に『都市と消費とディズニーの夢』『東京β』を読んで割と注目している人だ。(この人もcakesで連載がある)

これは対談形式でザッーとすぐに斜め読み出来る。

内容は、芸能史的に見てSMAPの何がスゴイのかという話、解散報道諸々の報道ってどうなのっていう話、音楽論・メンバー論・テレビ論の話、今後芸能界はどうなるのっていう話。

軽い読み口で読めるんだけど、結構鋭いとこ付いてるんじゃないかなーと思ったり。

例えばSMAP×SMAPの中であったSMAPメンバーの公開謝罪。僕も見たけど、ブラウン管の中のメンバーの表情は本当に酷くて、「放送事故じゃん」って本気で思うような表情だった。

その辺りも対談で俎上にあがっているところとかが自分好みだ。ちゃんとTV見て意見を言ってるというのがわかる。まぁ正直、いつもcakesの記事とかで読んでる人達なので個人的に読みやすかったというのが大きい。


他の1冊も本屋で流し読みしたけど、総じて言える事は、どれもきっと解散報道の後、急いで企画して、年末の発売に間に合わせたんだと思われるので、「手持ちの駒で勝負しました」という所がある。

これはまぁ、期間を考えると致し方ない部分と思うので、時間が許すなら複数冊読む事をお勧めする。

まぁ、新書という事で情報量も限られるし、きちんと資料を集めてまとめきれるような期間も無かったわけだから、決定版といえるようなSMAP伝を、誰かがきっと出してくれるのだろうと、今後に期待する。


おしまい。

2017年1月4日水曜日

書評『ヤノマミ』国分拓:稀有な条件が揃った傑作ドキュメンタリー

あけましておめでとうございます!
今年も宜しくお願い致します!

さて、今年の1発目の紹介は、年末年始に読んだ『ヤノマミ』です。




この本は、僕がいつも読んでいるチェコ好きさんのブログで2016年読んだ本の1位に選出されていたのが、読もうと思ったきっかけ。


ヤノマミ族、その名前とどこかの原住民だと言うことは知っていたし、NHKのドキュメンタリーで話題になった事も微かに記憶にあった。

なんというか正直、そういう原住民のドキュメンタリーってすごいんだけど何となく想像できるような気がして、チェコ好きさんが1位に選出してるのはかなり意外だった。

「そんな凄いのかなー」と半信半疑で、むしろ2位、4位、10位と3冊も選出されてる探検家高野秀行さんの本の方がヤバそうじゃないのって思った。

10位の『アヘン王国潜入期』とかタイトルからしてぶっ飛んでる感じするし、クレイジージャーニーとかも出てるみたいだし。

購読してるブログ、特に個人のブログで薦めている本は当たりが多い事を経験的に知りつつ、一方では正直「どうなんだろーなー?」って思ってた。

そんな感じで判断保留状態でしておいたところで、年末最後に往来堂書店で本を漁ってると、ふと目に入ってきたので、「これはご縁」ととりあえず買って、読んでみた。


結果としては大正解。
ノンフィクションとして面白く、また、この本から繋がる領域が思った以上に広かった。
これは著者の国分さんに依るところと、滞在時期によるところが大きい。

この本は、NHKのドキュメンタリー番組を製作するために、著者が150日間滞在して実際に見聞きし、体験したヤノマミの暮らしが書いてある。

この本の凄いところは、著者が良い意味で普通の現代人の感覚を持っていること。
そしてなおかつ、その感覚を可能な限り捨てて、真っさらな眼でヤノマミの暮らしを見て記録しようとしていることだ。

「探検家になるために生まれてきた!!」みたいな人ではなく、あくまでも普通のTV局の人間の感覚がある事で、僕ら現代人がもし同じ状況に立たされたならば持つであろう恐怖であったり戸惑いであったりという感情が描かれている。
また、それを出来る限り捨ててヤノマミの思考に寄り添おうと奮闘しようとした結果、肉薄出来たヤノマミの暮らしも書いてある。

この著者の眼を通して見ることで、ともすると観光案内や御伽噺のように外側から見てしまいがちのヤノマミという民族が、同じ時代に生きている人間なんだと言うことがリアルに伝わってくる。

そしてそれをリアルに捉えれば捉えるほど、現代の自分達の暮らし・文明が相対化され、自分が今まで前提としてきたものがそう感じられなくなる可能性がある。
(著者は帰国後の一時期、ある種"壊れた"状態になってしまい体調を崩したと書いてある)

自分も読後、生活する中でふと、このヤノマミの文化が頭をもたげる瞬間が出てくる事があり、チェコ好きさんが1位に選出した理由をようやく理解できた気がした。


そして、滞在した時期が良かった。

この本の後半には、取材で滞在した「ワトリキ」という集団の長老が「ワトリキ」を作るまでを語った個人史と、文明側(要は僕ら)から見てヤノマミに対する歴史的・政治的文脈が書かれている。

その中で、政府の原住民保護施策の一環などで、文明側の思想なり、いわゆる『文明の利器』がもたらされ、良くも悪くも文明化していく途上としてヤノマミは位置づけられている。

150日滞在した「ワトリキ」はドキュメンタリーとしては最高の恐らく最高の状態で、滞在中はまだ文明化されていなかったが、滞在の後半、文明の利器が生活に入り始めているところだった。

このNHKの取材班の滞在が、初めて文明側のメディアが長期滞在する事を許可した例だということを考えても、文明側との微妙な均衡点にあった、レアなタイミングだった事が想像出来る。

あの滞在した時の、文明化されないままの「ワトリキ」はもうどこにも無いだろうと、著者もあとがきで懐古的に想いを語っている。

もしかしたら文明化されていない種族の元に長期滞在して、ドキュメンタリーを製作できたのはこれが最初で最期なのかもしれない。
そういう意味で、時期が良かったのだと思う。


そして読みどころとして一つ補足すると、本書は滞在記と歴史という二本立てになっているので、今話題のこの本とか、



文化人類学の古典であるこの本とか、



のいい導入書になると思われる、(後者は本書でも言及がある)

なので、文明論とか文化人類学とかに興味ある人は手始めに本書を読むとリアリティを持った状態でもっと専門的な本に進めるんではないかと思う。



僕はとりあえず『サピエンス全史』の上巻を買ったので、リアリティが冷めやらぬように読み進めようかと思う。