2016年5月10日火曜日

書評『ファイト・クラブ』:人生に2回読む小説

恐らくみんな、知ってはいるだろう『ファイト・クラブ』。

…あの、ブラピがめっちゃむきむきのやつ!
…デヴィッド・フィンチャーが撮ったカルトっぽいやつ!
…ピンクの石鹸のやつ!
…あれでしょ、TVでやってた不良集めてボクサーにするやつ!ヤラセだったらしいけど。



そうそう、そういう感じのイメージだよね。最後のは”ガチンコファイトクラブ”だけどね、TBS。「ガチンコファイトクラブの出演者たちはいま」みたいなNAVERまとめあったけどね、読んだらね、結構なアレだったわ。ってそんなことどうでもいいか。あ、タイトルは映画から取ったらしいよ!

…あれって、いつだっけ?結構前だよね、まだブラピ若かったし。

そう、映画の公開は1999年。調べたらブラピは当時36歳。ってか36歳であの身体か、やべぇな。。

…そいで、なんで今さら?しかも書評?

そう、確かにそう言いたくなるよね。僕も知らなかった。実は『ファイト・クラブ』、原作は小説で
昨年、早川書房70周年の記念で新訳版が出されたばかりだ。
ハヤカワ文庫補完計画』と題されて70冊の新訳・新装版が去年から今年にかけて出されている。



ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』とか、スタニスワフ・レムの『ソラリス』とか錚々たる有名作に混じって、企画のかなり初期段階で『ファイト・クラブ』も刊行された。

いつも読んでいる書評で見て、みんなと同様「今さらファイト・クラブ?」って思いつつ面白そうだったし、解説者が都甲幸治だったから半信半疑で読んでみた。そしたらドハマり。「ハヤカワまじでいい仕事した!!」って思った。ほんとに良かった。

そこまでが去年。なので、去年読んだ本のまとめにちょっと書いた。

んで今回、また読みたくなって再読したが、再読しても面白い。ってかこの小説、その構造的にも、メッセージ性としても、ハマると2度読みは必至。
その辺の魅力を紹介したいと思う。惹句としては「全オス(♂)必読の小説」だ!どどーん!!


主人公は自動車会社のリコール・コーディネーター。と言っても閑職じゃない。
非公表のトップシークレットも含め、自社の自動車の欠陥はすべて知っている。だからおいそれとクビになんかできない、待遇も良い。

90年代のアメリカが舞台でドットコムバブルも弾けてないし、リーマン・ショックも起きてないから景気も良い。
高層コンドミニアム住まいで、北欧家具に現代アート、冷蔵庫には洒落たスパイス一揃え。正に独身貴族、そういう完璧に恵まれた暮らし。

だけど主人公は、精巣ガン患者互助グループの集会に、住血寄生虫宿主の集会に、結腸ガンの集会に通う。慈善事業じゃない。

そういうところにいる生命保険金7万5000$をリビング・ニーズで換金した余命半年骸骨みたいな女や、バツ3元ボディビルダーで競走馬用ステロイド過剰摂取で乳房が膨らんだ精巣ガンの男と、同じ病気のフリして抱擁して泣きじゃくらないと眠れないという、あらゆる意味で極度の不眠症だからだ。
希望なんて無い、文字通り明日死ぬかもしれない人たちとコミュニケーションじゃないと、不眠が癒えない。寝てるか起きてるかも判らず、終始頭がボーっとして、生きている実感もない。

そんな中でタイラー・ダーデン(映画のブラピね)と出会う。

この後、タイラーと主人公はファイト・クラブを作り、殴りあう。頬の皮が破れて水を飲むとそこから漏れる程。
そしてそこから本格的に物語に入っていく。ファイト・クラブは広まり、やることはエスカレートし、タイラーはカリスマと化していく・・・


導入部のあらすじを書いた。
結局この小説のメッセージは「何のための人生?」っていう事で、それ自体はもう数多ある小説で描かれてきたテーマだ。

ただ『ファイト・クラブ』の凄さは、それの問い方・答え方だ。
金銭的・物質的には恵まれているが生きている実感がない。
その問いかけとして、いかにもハイソな生活に出てきそうな家具やブランドの描写が入る。末期患者たちの生々しい病名、身体、情景の描写が入る。そしてその問いかけを凝縮したのが、この主人公の声だ。


"お願いだ、タイラー。僕を助けてくれ。  
・・・ 
北欧家具から僕を救い出してくれ。 
気の効いたアートから僕を救い出してくれ。 
助けてくれ、タイラー。完璧で完全な人生から、僕を救ってくれ。 " (p.60-61)


その答えとして、ファイト・クラブでの殴り合いの描写、生傷の描写がある。その他にも暴力、グロ、エロも生々しい、汚い描写が沢山ある。
なのにそれが、綺麗事の無い生々しさ、直接性が強烈なメッセージ性として読む側に伝わってくる。それにハマる。

そして、タイラーと主人公はどうなるのか、これは一度読むだけだとわからない小説の構造になっていて、これもハマる。
(『解題』とか『謎解き』みたいのがネットにゴロゴロある)

もちろん文章としても上手いんだが、そんな巧拙だとか美醜だとかをほっぽって襟首掴んで引きずって連れて行くようなメッセージの尖り方がこの小説にはある。


だから映画も実は評価が高い。刺さる人には刺さってる。

映画が好きで映画評も書いていた伊藤計劃をして「オールタイム・ベスト10に入る」と言わせしめ、
町山智浩も大好きで、ハリウッド映画人が選ぶ最高の映画ベスト100にも選出された。

原作の過剰さとメッセージ性と構造が、映画にも乗り移っているからだと思う。


そして最後。小説の外側の話。

これだけ映画としても話題になった原作、実は最初は、名もない青年が暇な仕事中の合間に書いたたった7ページの小説だった。
しかも、その青年が書いて初めて金をもらった(すずめの涙みたいな金だけど)小説だ。
それが2〜3年かけて徐々に話題になり、映画になり、カルト的な人気を全世界に巻き起こしていったのだ。その名もない青年が、原作者のチャック・パラニュークだ。今では『20世紀の古典』とまでアメリカでは言われているらしい。

これは今回の新版に収録されたチャック・パラニュークのあとがきで明らかにされている。
このデビューまでのエピソードがあとがきにあるんだけど、これがトドメとしては堪らなかった。ここも含めて読んで欲しい。


色々書いて若干とっちらかってしまったけど、2回読みたいと思う小説って本当に少ない。
新刊はどんどん出るし、新刊じゃなくても読みたい本は溜まっていくし、人生限られた中で、読書の時間なんて更に限られた中で、同じ小説を2回読むってのは相当レアだし、そういう小説と出会えるってのは相当ラッキー。
何年かぶりに見つけた2回読める小説、しかもこんだけ引っ張ってってくれるやつって滅多にない。
ので、誰か一人でも気になって読んで見る人がいたら嬉しいっす。

おしまい。




P. S. 
今度移動図書館で『何度も繰り返し読んだ本』みたいなテーマはどうだろ?ジャンル縛りはなしで。
持ってきてくれる各人の珠玉の本が揃って面白いんじゃないかな!

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