2017年1月28日土曜日

【追記あり】【書評】岸政彦:芥川賞候補作『ビニール傘』、最新作『背中の月』

【2/11追記】本文中では『ビニール傘』の書籍には"ビニール傘"の一編しか入っていないような記載になっていますが、これは出版前に書評を書いたことによる誤りです。
書籍『ビニール傘』に、"ビニール傘"と"背中の月"の二篇が入っています、失礼致しました。

先日ブログで第156回芥川賞の候補作についてちょっと触れたけど、今日はその続き。

候補作の中でも気になっていた、岸政彦『ビニール傘』と、同じく岸政彦の最新作『背中の月』を読んだ。


※ ちなみに上の画像は現状(1/28)Amazonに飛びません…
    まだ発売してないから画像なしの様子…。
    発売されたらAmazonリンクに差し替えます。
   →【2/11追記】差し替えました!


それぞれ文芸誌を読んだので初出を紹介すると、
『ビニール傘』は『新潮 2016年9月号』
『背中の月』は『新潮 2017年2月号』

   

このうち『ビニール傘』は出版が決まっていて、新潮社から1/31に書店で発売!ヒューヒュー!!(古いか…)

『背中の月』はというと、こっちはまだ最新の文芸誌に載ったばかりなのでどうなるかは不明。多分出版されるんだろうけど、20ページ位の短篇(枚数は不明)なので、これだけで1冊はならないんじゃないかな…。



ちなみに長さでいうと『ビニール傘』も短い。
普通はこれ1作では出版しないと思う。『背中の月』と合わせて1冊でまぁ、薄めだけどいいかな、という程度。

学者としてある程度名が通ってるし、デビュー作で芥川賞候補だし、という事情で「機を逃さず出版だ!」と踏み切ったんだと思われる。
人に読ませたいと思う程に面白かったから、この出版はいいと個人的には思う。

さて、内容の話をしていく。
二篇とも、大阪に暮らしている普通の男女、それも社会的には弱者と分類される男女、の物語だ。
岸政彦の本を読んだ事がある人は判るだろうが、岸がインタビューの対象として選ぶような、市井の中で、目立つ事なくその日その日を暮らしている人たちが、小説でも主人公になっている。

同じく共通して言えるのは、登場人物の生活のディテールの描写のリアルさだ。

ただ、これはきっと岸の小説では必然なんだと思う。
恐らく岸の小説は、今までにインタビューや取材をしてきた沢山人をベースに登場人物が作られている。そうベースはリアルな人なのだ。

登場人物のモチーフとなる人の現実の暮らしを見知っている。
だから、描写が具体的でリアリティに溢れているのだなのだ。
ほんとに、ちょっとした事だけど、その人の性格、育ち、経済状態などが透けて見える、そういうディテールが書き込まれている。

少し引用する。

部屋の真ん中には小さな汚いテーブルがあった。その上は吸い殻が山になった灰皿と、携帯の充電器と、食べかけのジャンクフードの袋と、なにかわからないドロドロした液体が入っているパステル色のコスメの瓶であふれかえっていた。床の上には、脱ぎ捨てた服や下着、ゴミのはみでたコンビニの袋、ジャニーズの雑誌が乱雑に散らばっている。小さな液晶テレビ、派手なオレンジ色のバランスボール、足がグラグラするコートハンガーには大量の安っぽい服がぐちゃぐちゃに掛けられていた。テーブルの上をもういちどよく見ると、カップ麺の食べ残しがそのままになっている。(岸政彦『ビニール傘』より)

どうだろ、ついさっき現実の部屋を見てきたような描写じゃない?すごく映像的で、個人的には『限りなく透明に近いブルー』の冒頭の描写を思い出した。


このリアルさが二篇とも活きて、短篇にも関わらず登場人物のリアルな情感が伝わってくるし、それぞれの場面が映像として目の奥に映し出される。

ここからは、個別の話を少し。

■ビニール傘
岸政彦初の小説だという。大阪の日雇いの飯場で働く男と、美容室で働いていた女の話。
男側、女側の両方に分かれて、それぞれの話が描かれる。

男側の話は特に、時間が前触れなく移り、多層的、何人の話かもきちんと分からない。そして、それに呼応するように女の物語が書かれると思いきや、そうではない。同じ大阪の街で出逢ったのか、出逢わずにすぐ横をすれ違ったのか、そういう男と女の話になっている。



正直「これ初めて?」という驚いた、上手いし心に残る。小説として粗削りなところ(描写の必然性とか、文章の無駄のなさとかそういう話)は少し感じたにせよ、やはりインタビューとかのドキュメンタリーでなく、小説だから描ける人間っていうのがあるのだなと感じた。スゴい推す。

■背中の月
大阪で働く夫婦の話。苦しい生活を共働きでやり過ごす夫婦だが、突然妻に先立たれるという話。
これもやはり本当にこういう人が居たんだろうなと思わせる。なんか、こういう運命の悪戯のような出来事のせいで、あれよという間に自分の人生がほつれ、破けていって思ってもみない形で一生を終える人が沢山いるんだろうなと思った。

どちらも決して明るい物語ではない、けど、いい物語。こういう人達にスポットを当て、物語を書いていく作家も必要だよなと思う。

今後も書いていってほしい。そして岸政彦が気になった人は是非、小説もそうだし、彼のインタビューなり、エッセイなりも読んで欲しい。根は同じだし、どれもお勧めだから。

          

おしまい。

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