2016年12月31日土曜日

2016年 読んだ本ベスト6 and 全本

さてさて、久々のブログ更新でごさいます。
夏に引越しして以来、ブログの習慣が崩れてしまって長らくご無沙汰しておりました。

今年ももう終わりという事なんで、これだけはやって置かねば気持ち悪いという事で、毎年やっている今年読んだベストand(ほぼ)全本を晒します。

※ 家のPCがぶっ壊れたので、オールテキストでお送りします。

【2016ベスト5】
1.『源氏物語1~6』紫式部 / 大塚ひかり訳
2.『うつくしく、やさしく、おろかなり』杉浦日向子
3.『闇の女たち』松沢呉一
    4.『叙情と闘争』堤清二
    5.『君の言い訳は最高の芸術』最果タヒ
    6.『人工知能は人間を超えるか』松尾豊

    今年は振り返るとタイムスリップを繰り返す読書だった。

    1位の源氏で平安時代にどっぷり浸かり、2位の杉浦日向子では江戸時代の粋と儚さを見て、

    3位の『闇の女たち』は戦後から現代の入り口にかけてパンパン達が生きた路地裏の御伽噺のような物語を聞いた。

    4位の堤清二は戦後から80年代のセゾン帝国を気付くまでの著名人との交友を交えたビジネス史・文学史が叙情詩のように語られた。

    そこから当代きっての詩人、最果タヒちゃんのブログの文章に酔い(5位のエッセイは初出がブログ)、6位の人工知能の話で未来に想いを馳せた。

    なんか、上手いこと流れるような順位付けになったけど、過去の時代に行くほど順位が上がるというのが何とも時代錯誤的な性格を表している気がするな。


    さて、かなり時間をかけて読んだ源氏物語が今年第1位なので、これは少し詳しく書く。

    大塚ひかり訳の素晴らしい所は、表現があけすけで現代的なところと、文章中に細かく "ひかりナビ"という解説が挟まっているところ。これがあるから通読出来たと言っても過言ではない。

    源氏物語の何が優れているのか、今読んでいる文章をどう解釈すればいいのか、全体の物語の流れがどう向かっているのかという事が逐一解説されていて、どんどん読み進める事が出来た。

    読後の感想は一言では言い表しがたいが、自分の中に源氏物語という時空間が一つ出来た事は喜びだと思う。多分、今後歳を取るに連れて何度か訪れる時空間になると思う。

    『古典』と言われるものが持つ力の一つである、読んだ労力に見合う見返りがあるというのが体感できた読書体験だった。



      以下、全本。上半期に読んだ本が異常に少ないんだけど、記録にも記憶にも残ってないので判るものだけ。

      【小説】
      『源氏物語1〜6』紫式部 / 大塚ひかり訳
      『LAヴァイス』トマス・ピンチョン
      『枯木灘』中上健次
      『コンビニ人間』村田沙耶香
      『異類婚姻譚』本谷有希子
      『哀愁の町に霧が降るのだ 上下』椎名誠

      【詩集、詩人の本】
      『死んでしまう系の僕らに』最果タヒ
      『モールス歌詞集』酒井泰明
      『小さなユリと』黒田三郎
      『君の言い訳は最高の芸術』最果タヒ
      『我が詩的自伝』吉増剛造

      【エッセー】
      『うつくしく、やさしく、おろかなり』杉浦日向子
      『その日ぐらし』高橋克行・杉浦日向子
      『江戸へようこそ』杉浦日向子
      『 「松本」の「遺書」』松本人志
      『うわさと俗信』常光徹

      【ノンフィクション】
      『闇の女たち』松沢呉一
      『さいはて紀行』金原みわ
      『圏外編集者』都築響平
      『「ない仕事」の作り方』みうらじゅん
      『セックス障害者たち』バクシーシ山下
      『AV女優の社会学』鈴木涼美
      『性風俗のいびつな現場』坂爪真吾
      『最貧困女子』鈴木大介
      『最貧困シングルマザー』鈴木大介
      『小説家という職業』森博嗣
      『作家の収支』森博嗣
      『植田正治 私の写真作法』植田正治
      『アートの入り口 アメリカ編』河内タカ
      『これからのエリック・ホッファーのために』荒木優太
      『人工知能は人間を超えるか』松尾豊
      『叙情と闘争』堤清二
      『バブル 日本迷走の原点』永野健二
      『1980年代』斎藤美奈子・成田龍一
      『東京β』速水健朗
      『23区格差』池田利通
      『隠れ貧困』荻原博子
      『ショッピングモールから考える』東浩紀・大山顕
      『都市と消費とディズニーの夢』速水健朗
      『ウォルト・ディズニー伝記』
      『団地の見究』大山顕
      『1989年のテレビっ子』戸部田誠
      『絶望読書』頭木弘樹
      『食客風雲録(日本編)』草森紳一
      『閑な読書人』萩原魚雷
      『談志まくらコレクション 夜明けを待つべし』立川談志・和田尚久

      【引越し】
      『ぼくの住まい論』内田樹
      『家賃を2割下げる方法』日向咲嗣
      『家を借りたくなったら』長谷川高
      『間取りの方程式』飯塚豊
      『千葉の怖い話』牛抱せん夏

      【ビジネス】
      『君はどこへでもいける』堀江貴文
      『嫌われる勇気』古賀史健・岸見一郎
      『疲れない脳を作る生活習慣』石川善樹
      『働く君に伝えたい「お金」の教養』出口治明
      『新世代CEOの本棚』堀江貴文・森川亮etc
      『悩みどころと逃げどころ』ちきりん・梅原大吾
      『勝ち続ける意志力』梅原大吾
      『自分を変える習慣力』三浦将
      『田舎のキャバクラ店長が息子を東大に入れた。』碇策行

      全66冊という事でまぁ、『最低限読める時間は読んでましたよ』、という感じ。
      今年は結局、映画、美術館、落語etcなどの他の文化系の催しにもほとんど行ってないので、"キープ"って感じっすね。感覚的に。

      来年はもっとガシガシっと攻めた本読み、文化系催しの行脚をしたいなと思います。

      そしてブログ、イベントもガシガシ復活したいと思います。(2016紙芝居は年明けにまた書きます!)

      それでは皆さま、良いお年を!!




      2016年7月22日金曜日

      与太:『人生に、文学を。』の件について、思うところを書いた。(追記あり)

      どうもどうも、移動図書館管理人兼紙芝居師のどいけんです。本日は書評ではなくて、絶賛炎上中の件について、思うところを書こうと思います。(心中乱れております。)

      さてさて、芥川賞直木賞が発表されたなと思った矢先に、これです。

      画像は「人生に、文学を。」特設ページのものを引用。

      文藝春秋と日本文芸振興会(芥川賞直木賞を主催)が主催で、
      「文学に親しむすばらしさを広く伝えることを目指す。」という目的と、サイトの開設を7月20日に発表したところ、巷では早速火種がバンバン上がっているようで…。

      検索かけるとこのサイトよりも炎上記事が検索結果の上に来るという、本末転倒状態。笑




      で、見てみたんですが、なんだろうよ、このサイト、正直意味が全く分かんないっす。
      炎上気味なので、最初何とか全面擁護する方法は無いかと考えましたか、無理でした。


      (アニメか?)の件は、リンク先を見てもらったり、ネットでちょっと探してもらうと色々出ているのだけど、散々話題になっているのでここでは深くは触れません。今やアニメの方が多くの人に影響を与えているのは周知の事実だしね。経済効果もケタ違いでしょ、恐らく。
      このサイトに書いてある事でアニメじゃ出来ない事なんて一個も無いと思います。


      そう、で、趣旨が全くの意味不明。考えてみたんだが意味不明過ぎて苛ついて来てしまったので思ったことを書く。

      まず、本当に文学が好きな人が、「みんな、こんなに面白いんだから読もうよ!」っつって、真剣に考えた企画とは思えない。こんなん新聞の社説みたいに誰に宛ててる言葉なのか全く判らんし、小説なんて正直、自分の名前と責任で「これが面白い、だから読め」って言い切る位じゃないと読んだことない人を読む気になんかさせらんないよ。

      本当に「文学に親しむすばらしさを広く伝えることを目指す。」つもりなのであれば、例えば『誰々が薦める、絶対読むべき小説10冊』とかリスト作って、10,000冊とかを配るのはどう?
      もっと言うと、それを全部kindleに入れて10,000台とか配る。
      そうすることで読みたい人の手元に本が届くじゃない。その方が目的に対して直接的だし、kindleとか配れば相当話題性も高いと思うんだけど。
      (まぁ、それで漫画しか読まない、みたいな人も相当する居るかもしんないけど、皆が皆、そんなにハマるわけじゃないし、ある程度は致し方無い)

      錚々たるスポンサーがいるんだから、(じゃないかも?「賛同します」としかサイトに書いてないし。いや、でもオトナの賛同ってお金出してナンボじゃないですか)文学読めって思ってるなら、スポンサーから集めた資金で本そのものを渡せよって思うんだけど。

      それに、本なりkindleなりを用意すれば、作家にも印税が入るじゃない。
      そしたら、その作家は多少お金の心配を忘れて次の作品書けるかも知れないじゃん。絶対読むべきという小説を書ける人なんだから、次回作を書くためにプラスになる事も出来たら一石二鳥でしょ。


      あとは、芥川賞直木賞の主催してるんだから、メセナ的に候補者何人かに援助して作品書かせるとかやったら、候補者の次作品が賞をとるのか、とかも含めて、芥川賞直木賞に注目が集まると思うんだよね。あとはもうそろそろ話題性のある新しい賞作っちゃうとかね。


      ただ「ティーチイン・イベントします(誰が来るかはわからないけどな)」っつって大学で参加者募って作家と文学の素晴らしさを話すだけなんてさ、間口広がるわけないでしょ。元々その作家のファンとかが行くだけに決まってるじゃん。それを新聞と文藝春秋に載せたからって本気で「広く伝わる」と思ってんのかね。
      (いや、もう、日本のメディアにこんな事言っても仕方ないってのも分かってるんだけどさ・・・)

      このままだとホント、「結局内輪ウケじゃん」「出オチで炎上しただけじゃん」「こんな程度しか考えられないオツムなら文学なんて読む必要ねぇーじゃん」って思われるのがオチだから、もう、勘弁して欲しいっす。

      あと、サイトに書いてある言葉も、全く想像力も感じられなければ文学広めたいって思いも感じられない…。
      男の落魄。女の嘘。行ったことのない街。過ぎ去った栄光。って、どんだけ古い紋切り型なんだよって。笑
      広告代理店のサラリーマンがコピーライター養成講座通りに書いたのか、もしくはどっかのお偉いさんが50年前のこと思い出して書いたのか…。
      いや、むしろAIにでも書かせたのか?にしてももうちょいマシなデータ食わせて書かせろよって思ってしまうんだけど…


      はぁ…。取り乱しておりますが、本好きですんで、何かひとごととして見れずガックリ。
      自分でも読んだ本を取り上げて紹介しているという意識もあるし、これだけ炎上してる火事場を、無視して通り過ぎることは出来ずにつらつら思いの丈を書きました。。。


      まぁ、この件で、こないだ芥川賞を取った『コンビニ人間』を紹介する気持ちが若干萎えたけど、村田さんの小説は気になっていたので、それはそれとして、折をみて紹介しようと思います。

      おしまい。


      【追記】(7/21 1:20)
      ちなみに、この文章自体を肯定する意見で面白いものを見つけたのでそれもリンクを貼っておく。

      姫呂ノート『「人生に、文学を。」がプロの仕事だと思う理由〜あるいは「広告」と「思想の自由」について』

      このブログを書いた方の意見はよく分かるし、この見方だと「何か怒ってる自分、煽られて載せられちゃてますやん」的な側面が透けて見えるようになる。けど、それでも僕個人としては煽られてなんぼだし(現にエントリーが1本増えた)、「嫌なものは嫌なんじゃい!!」という個人の嗜好、好き嫌い丸出しの(自称)内田百閒スタイルでいくつもり。


      おしまい PartⅡ。

      2016年7月8日金曜日

      書評『うわさと俗信』常光徹:元祖「都市伝説」フィールドワーカーの回想録




      シブーい装丁、タイトルのこの本。
      なんと家の近所のAEONで見つけました。

      ベストセラーや話題の小説が平積みで顔見せされている書棚の中、ポツンと、
      若者に紛れる初老の男性のような佇まいで置いてありました。

      それがたまらなく目を惹いたので手に取って奥付を見てみると何と1997年に出された本の再版。
      しかも再版の言葉も本の見開き一つほど。

      「なんで、こんなもん仕入れたんだ…」とまぁ、頭に?が浮かびまくりの状態だったんですが、とりあえず続いて目次を眺めてみる。

      後半はまぁ装丁、タイトルから予想される通り、
      「親指と霊柩車」とか「ホウキをまたぐな」みたいな俗説の話が書いてある。

      気になったのは前半。
      口裂け女、トイレの花子さん、人面犬、紫の鏡、消えた乗客、ピアスの穴から…等々。

      「いやー、懐かしいなー、この手の話」という興味に、
      「あら、このおじさんこんな一面があったのね…」AND「AEONの本屋でこんなん見つけちゃったよ」という
      二重に予想を裏切られたことで拍車がかかって買ってしまった。

      まえがきを読んでいくと著者の常光さんは学校の先生の傍らでフィールドワーク的に、
      生徒や先生から現代(当時の)の噂を聞き集めていたらしい。今は民俗学の結構お偉いさん。
      で、それがちょうど口裂け女や、トイレの花子さんだとかが噂として流れた頃で、そういう内容だったのだ。

      "学校の怪談"というと個人的にはすっごく懐かしくてたまらん。
      僕は小学生の頃、怖い話にハマっていて、そういうマンガだとか本だとかを買っては読み漁っていた。
      (母親もそういうのが好きだったので、割りと欲しい本は買ってくれた。)
      中でも、講談社KK文庫から出ていた『学校の怪談』シリーズは片っ端から読んでいた。


      買った後に知って驚きだったのは、「小学校の時に見たラインナップが結構出てるなぁ」と思って見ていたら、何を隠そう『学校の怪談』シリーズの著者が常光さんだったのだ!
      「おーいおい、全然気づかなかった先に言ってよ、そしたらもっと迷わず買ったのに」って思ったのだが、まぁ無事に手に入れたから良し。


      で、内容としてはエッセイで、うわさの内容を簡単に記しつつ、
      当時の時代状況だとか、回想だとかが入って非常にマイルド。
      まあ、民族学的な目線でフィールドワークの一環としてこういう現代のうわさ、
      今で言うところの都市伝説を集めたので、怖いという感じはない。

      こういう都市伝説が騒がれる以前の話を収集してる人ってほとんど居ないので、
      この本は興味ある僕にとっては棚ボタ的な非常に良著だった。

      で、中身を読むと、回想的な内容に引きづられて結構色々思いを馳せちゃう。

      例えば、口裂け女とかって1979年(昭和54年)に話題がガツッと出たらしい。

      これって時期としては、高度経済成長期も一段落して、郊外に大型団地とかがガンガン建って、
      これからバブル、受験戦争最盛期に向かう時期。

      昔ながらの地域のコミュニティが崩壊して、新しいコミュニティが生まれ、
      多くの核家族(これも新しく増えた家族形態)の人たちは、新しい人間関係を構築しないといけない。

      更に、高度経済成長でモーレツに生活向上だけ求めていくフェーズが一旦終わり、次の波が来はじめている。

      そういう中での不安が色々と合わさった時期に得体のしれない怖い存在の象徴のように口裂け女が出てきてメディアで騒がれたってのは、結構時代背景から見ても面白いなぁとか思った。


      あともう一個、面白いなと思ったのが、主に俗信についての話で、
      例えば「夜爪を切ると親の死に目に会えない」とか「霊柩車を見たら親指隠す」とかある。
      で、それに大して常光さんは本書の中で、
      「現代の子供たちも、こういう俗信をその由来は分からなくとも無意識に信じて避けていたりする。
      時代は変わってもそういう俗信が残るもんだなぁ」とかって言ってる。

      これ、もういま通用しないと思う。

      この本が書かれた1990年代に小学生だった子どもたち(僕とかもまさにそう)にとっては、
      まだこういう迷信って結構身近にあったのが実感としてわかるけど、
      もう今の子供達とかもう全然そんなの実感として無いんじゃないかなって思う。

      再版されるまでの20年という月日のギャップが感じられるところで、
      また別の楽しみ方として面白かった。


      なんか今回は自分の好きな通りおしゃべりしただけ、みたいな内容になってしまった。。。
      とはいえ、これから夏真っ盛りですので、この『うわさと俗信』だったり『学校の怪談』、
      暑くて眠れない夜のお伴にいかがでしょうか。

      ちなみに『学校の怪談』シリーズは個人的に2〜4が一番油のってて面白いと思う。
      結構ほんとに怖いのもある。(しかもKindle版出てるし、、、買お。)


      おしまい。


      P. S. ちなみになんでこの本がうちの近所AEONに平積みされていたかは、分からずじまいだった。

      「もしや常光さん南砂の学校で教えてたの?」って思って調べたけど、
      教鞭を執っていたのは普通に練馬区と文京区だったし。(我ながら、よう調べたな・・・)

      でも郊外のスーパーの本屋とかって、こういうワケ分かんないチョイスたまにあるよね、とも思うし、結構そういうの見つけるのが面白かったりして個人的にも好きだったりするのでアレなんだが・・・

      2016年7月6日水曜日

      書評『人工知能は人間を超えるか』松尾豊:"電気羊の夢"の前に、人工知能の夢と現実を。

      最近、FinTechとかIoTと同様、Deep Learning(以下「ディープラーニング」)ってよく聞くようになったなぁと思ってた。
      それとは別口で、よく本屋に平積みで人工知能関連の本があるなぁとも思ってた。
      それとはまた別の文脈で、機械学習ってなんじゃらというのも気になってた。

      で、機械学習の事を調べていくとどうやらその辺り、同じ界隈の話をしているらしい。
      (無知なんで、ディープラーニングとか機械学習とか人工知能とかって繋がってなかったんですよ…恥)

      そうかそうかと合点で、「なんかその辺の入門に丁度いいやつないかしらね、おお、あの平積みになってたやつ、分かりそうな感じやんけ」と思って手にしたのが本書。
      Kindle版が割引で安かったので、Kindle版をGetしました。
      (875円になってて更に175ポイント還元されるので実質700円、紙の本の約半額という。。。いつまで安いかは不明。画像からAmazonに飛べます。)



      人工知能を知らない人にも分かるよう、その歴史、現在の状況、そして展望を第一線の研究者である松尾豊さんがまとめたのが本書。
      ちなみに女の子の絵はポップさ醸し出してるけど中身は真面目。女の子関係ない。

      内容のベースとなったのが、経済産業省の西山審議官(当時)から「素人にも分かるように人工知能の説明をしてほしい」と言われて作成したプレゼンテーションなので、専門的な事を全然知らん僕にもとても分かりやすかった。

      構成は大きく3つ、
      ・人口知能について、今どういう研究がされているか、それを踏まえて本書をどう読んだら良いかのイントロダクション
      ・人工知能の黎明期(第一次ブーム)から、第二次ブーム、そして第三次ブームとしての現在までの歴史と人工知能の説明
      ・今後の展望と、僕らの暮らしはどうなるのか、そして、人工知能は人間を超えるのか、の著者の意見とまとめ
      に分かれている。構成も明快なんです。

      で、ここではその中からピックアップして、人工知能自体の説明、人工知能の発展、についてそれぞれ印象に残ったことを紹介します。


      1. 人工知能自体の説明

      人口知能が出来ることのレベルを「アルバイト・一般社員・課長・マネージャー」という比喩で表現していてそれが超分かりやすい。
      ちょうど各レベルが各ブームの人口知能で出来るようになったことに該当していて、歴史的な進歩も感覚的に概観がわかるのでそれぞれ紹介します。

      【アルバイト】厳格なルールを管理者が決めて、その通りに単純作業する。荷物の縦横高さだけで大中小を判断して動くバイト君、のニュアンス。
      該当するのは、家電等にみられる半ばマーケティング的な狙いも込めて「人工知能」と謳っているもの。学術的には人工知能というより単なる制御プログラム。

      【一般社員】同じく縦横高さ重さ等で仕分けるように支持されているが、荷物の種類に応じて沢山の知識がインプットされており、その通りに作業できる。(例:天地無用は上下逆にしない、割れ物注意は丁寧に扱う)
      これが第一次ブーム(知識量次第で第二次ブーム)で研究された探索・推論などに該当。

      【課長】幾つかのサンプルと正解(「この大きさは大だよ」、とか)が与えられてそこからルールを学んだら次からは自分で「これは大」「これは中」とか判断する。
      第三次ブームの嚆矢となった機械学習がこれに該当。

      【マネージャー】幾つかのサンプルから特徴を見出して自分でルールを規定し、判断。「これは大だけど細長いから別に分けよう」とか自分で決める。
      現在騒がれているディープラーニングはこれに該当。

      どうです?すげぇ分かりやすくない?この説明ほんとに分かりやすいなと思ってちょっと感動したよ。
      まあ、素人にも分かるようにものすごく簡略化した説明だとは思いますが、スッと入ってきた。
      これが第一章にあってその後に二章以降で歴史を追っての説明になるという構成も読みやすい。

      そして、「ってかマネージャーまで出来るようになってるんだ、やべぇな、どうするよ人間。」って思った。のが2つ目に繋がります。


      2. 人工知能の発展

      書名にもなっている「人工知能は人間を超えるか」という問いについては、松尾さん自体は「現時点ではNO」という立場なんですが、
      ただ「超えはしないけど代替できるものは沢山ある」というのが明確に書かれています。で、僕にとってはこの内容はかなり衝撃的でした。

      「あと10〜20年でなくなる職業・残る職業」というのが紹介されていて、1.で述べた通り、
      最新の研究ではもはやルール作りまで自分で出来るようになってきている人工知能の現状を踏まえると、リアリティが半端じゃない。
      だってマネージャーまで出来るんだもんね、そりゃ仕事代替できるよね、という感想。

      ただ、当然代替できるものとそうでないものがあって、人とコミュニケーションを取るサービス業、サンプル数が少なくてその場その場で特有の判断(経営判断とか)を下す必要があり経験が必要な職業などは代替が難しいようです。まぁ、そういう仕事って人間だって誰でも出来るわけじゃないよね。。。

      なので個人的には、
      蓋然性が高いか低いか分からない、「人工知能が人間を超えて進歩して、果てはユートピアかディストピアか」みたいな話よりも、
      蓋然性が高い「仕事取って代わられちゃう」って話の方が切実だし怖ぇーな、って思いました。


      類書で同じ出版社で『人工知能は私たちを滅ぼすのか』というのが出ています。



      2冊セットのような装丁・趣きなので、「人工知能は人間を超えるか」というという問いに対して「Yes」って答えてるのかもしれないですね、こちらは。未読なので予想ですが。


      というわけで、
      「人工知能界隈知りたいが何から読んだらいいのかわからん!」とか、「ディープラーニングってバズワードは何さ!?」とか、「SF大好き!!」というような方にはオススメの本です。



      おしまい。 

      2016年6月28日火曜日

      書評『小さなユリと』黒田三郎:幼な子を持つ親御さんは、ハンケチをお忘れなく。

      こんばんわ、どいけんです、いきなり本題です。

      何というか、最近激しい詩があまり読めなくなってきた気がする。

      吉本隆明の恋愛詩みたいな限界で屹立して読むようなものもちょっと食傷気味で、かといって金子光晴の手練れた感じもちょっと違うし、田村隆一の凜とした詩にもちょっと気持ちが追い付けないし、谷川俊太郎の言葉選びも感覚と合わない。
      もっと観念的でない詩が読みたいなぁ、と思う事がふえた。

      これはまぁ、感性が磨耗してきているのもあるかも知れないし、ただ単に疲れているだけかも知れないし、自分の価値観の中で実際的な物の価値というのが大きくなってきたのもあるだろう。

      とにかく、そういう詩を求める精神状態の僕に「ほい来た」とばかりに飛び込んできたのが、黒田三郎の『小さなユリと』だ。



      黒田三郎という詩人を知っている人は、これをあまりいないかも知れない。
      黒田三郎は東大経済学部卒業後、NHKに勤務する傍らでずっと詩作を続けていた。

      詩作の世界では有名だが、戦後の詩人はそもそもあまり教科書にも載らないし、
      文学史的にも書かれることが少ないから、小説が好きで詩は奈辺をちょっとなぞった、
      感じの人は知らないかもしれない。

      谷川俊太郎、田村隆一、増岡剛造のような、THE 詩人という「存在そのものが詩人なんです」系の人でもなく、大岡昇平、吉本隆明のように、詩作以外にも著名な作品を残している人でもない。
      サラリーマンをやりながら小説などは書かず、詩作だけを続けていた人だ。

      そういう黒田三郎の書く、普通の市民生活に根差した眼差しで書かれる詩が凄く心地よかったし、ジワッと来た。

      この『小さなユリと』は、黒田三郎の妻が結核で入院したときの、三歳の娘、ユリとの日々を綴ったもので、まぁ、正直自分の娘がもうすぐ三歳になるので、その境遇へのシンクロ率はかなり高い。

      幼稚園に娘を送り、自身は遅れて仕事に出勤、仕事が終わると娘を迎えに行き、食事を作り家事をこなし、そのあと夜な夜な酒を飲む。

      繰り返される毎日の中、あっという間に大きくなる娘の様子、二人だけで生活する時間というのは唯一性、情けない自分への苛立ち、そういうものに対する感傷的、かつ、自己卑下も含まれた言葉選びが堪らない。

      この詩集だが、黒田本人、そして元々の出版社である昭森社にとっても大切な詩集だったらしい。
      初版は1960年。それを去年、夏葉社が完全復刻した。
      僕が今この詩集を手に入れれているのは夏葉社のお陰だ。
      こんな素晴らしい詩集を復刻してくれたのは本当に有難い。

      黒田自身にも思い入れがある理由として、この生活がひょんな事で突然終わりを迎えたから、というのも大きいと思う。
      (理由は詩集のあとがきに書いてるから読んで。)
      ふと終わってしまった限られた期間を凝縮したのがこの詩集だから、黒田自身も思い入れ深く、読み手にも切々と伝わってくるんだと思う。

      あと、別冊の解説を萩原魚雷が書いてるんだけど、それもめっちゃいい。
      魚雷さん、僕、大好きなんす。




      詩集の紹介なのに一切詩の抜粋をしなかった。
      ねらい、というよりは抜粋のしどころに困って、、、というのが正直なところ。
      薄い詩集ですぐ読めてしまうし、あとがき含めて1冊まるまる読んで欲しい。
      特に、ちっちゃな子を持つお父さんお母さんはもう、書店に駆けつけて頂くか、これはAmazonでも買えるので、ポチって頂くかしてほしい。
      ノーガードだと、うるっときちゃうかもしんないです。
      涙腺未開通と言われる僕でもちょっと「あぅ」っとしたとかしないとか諸説あります。

      おしまい。