2016年1月25日月曜日

書評:『ケトル vol.27 松本清張が大好き!』 + 松本清張の短編幾つか

どうも、どいけんです。

松本清張を読み進めてます。
読み終えたもの、読みさしのものが幾つかあるんですが、副読書として『ケトル vol.27 松本清張大好き!』を読んで面白かったので、雑誌シリーズ第2弾という事で、今回はケトルをベースに短編を幾つかご紹介します。


で、前回のブルータスも同じくですが、申し訳なくもこちらもバックナンバーです。
色んなところで探したんですが、ケトルのバックナンバーってあまり置いてないんですね。Amazonでポチろうか迷っていたんですが、地元の本屋にそのままストックされていたものを偶々見つけたので、購入しました。 

ケトル、きちんと買って読んだの2回目位だったんですが(確か1回目は満島ひかりが載っててそれが欲しくて買った)、良い特集でした。
みうらじゅんが松本清張作品20作を選ぶのが特集の中心で、それに沿うように幾つか特集が組まれている。みうらじゅんは松本清張が大好きらしく、「一生松本清張だけ読んでいても構わない」位に愛読しているそうです。インタビューなり、特集の20作の解説なりを見ていくと、確かに本当に松本清張が好きなのがビンビン伝わってきます!良い特集になっている理由で一番はここでしょう。
みうらじゅんがもう「責任編集」ばりに自分の好きな松本清張をゴリゴリ紹介していく、この愛ですよ。読んでて好きなのが伝わってくる、安心出来る。この惚れ抜きっぷりがこの特集を面白くしているんだと思います。

それで20冊の選び方も良いですね。
表紙にも「みうらじゅんが選ぶ20作品 出世に浮気に破滅まで現代人あるある揃ってます」
とありますし。(破滅が"現代人あるある"なのかはさて置くとして・・・笑)
みうらじゅん的には『松本清張はどんな人間にもある業、煩悩を描いた作家』なんだ、という事です。
以下、みうらじゅんのインタビューでそれが良く現れている箇所を抜粋すると、


「仕事も家庭も安定して、周りからチヤホヤされるようになり、女にもモテるようになってきた。そんな『俺もまだ捨てたもんじゃないな』と思い始めたときスイッチがみえるんだよね。それは片方に『よく考えろ』と書いてあり、もう片方には『清張』って書いてある(笑)。そっちを押すと必ず地獄に行けるんです。でも、人間ってつくづく業が深いなって思うのが、『押すなよ!』って言われると、かえって押したくなっちゃうもんでね。僕も何度か調子こいてた時期があって、ついそのスイッチ押しちゃいましたからね。『松本清張の地獄スイッチ』を。そしたら、本当にどえらいことになった(苦笑)。・・・」(p.17)


みうらじゅんも言っている通りで、読み進めていくと、松本清張の作品にはとにかく、出世とか金とか女とか、そういう欲望に絡め取られて煩悶して事件起こしちゃうみたいのが多い。
ただ、それだけでは無い、というよりももっと根本的な松本清張文学のテーマとしては、事件の有無に関係なく、人間のそういう欲望に絡め取られる愚かさや一種のエネルギーだったり、どんな人にも生じうる非論理的な選択やどうしようもない運命だったり、他人の欲望や見栄や世間様なんかに巻き込まれてしまう哀しみだったり、そういうものの総体としての人間を描く事が根底なのだと思います

今まで「ミステリー作家」「大衆作家」「2時間ドラマとかの原作」みたいな考えが先行して敬遠していたけれども、「ベストセラーなんて読まねぇ」と突っ張っていた若かりし頃の浅い考えを引きづったままで損をしていたなぁと思った。確かに昔はもっと観念的だったからな。


と、話がそれかけたところで元に戻すと、みうらじゅんのそういったスタンスを元に特集が組まれておりますので、20作品選ぶ他のトピックも「マツキヨから学ぶ! ①浮気、お金、保身・・・清張が書いたサラリーマンの法則」とか、こういう感じで取り揃えてます!!
前に松本清張の書評した時にもこの辺ちょっと触れたけど、正直、立ち読みして思ってたのよりも俄然面白い!!

で、みうらじゅんが紹介している20作品の短編(と言っても2-300ページ位のものも入ってるけど)から幾つか読んで面白かったのを紹介します。


■『月』
主人公はある年老いた歴史学者。研究はなかなか認められず地味な教授として大学に勤務していましたが、教えている女子学生の一人が彼を慕います。来る日も来る日も研究を手伝ってくれるようになる彼女、その彼女と出会い主人公の人生にもささやかな彩りが出来ました。
そして何年か経ち、結婚して九州に嫁いだ彼女から連絡があり・・・。

この小説、もう、最後がたまんないです。どうたまんないかは書きたいけど読んで欲しいです。一言で言うと悲哀。そして突き放し。坂口安吾が言うところの「文学のふるさと」って感じだなと勝手に思ってます。

※以下の傑作選に入ってます。この傑作選は他にも2編位、みうらじゅんセレクションが入ってる。


■『駅地』
主人公は銀行を定年まで勤め上げた男。定年を迎えた男のゴーギャン的な物語。
妻子を投げ捨てて、ゴーギャンは絵画のために姿を消してタヒチに行ったが、この男は愛人との余生のために姿を消した。いつまでも帰らない夫に、心配した妻が捜索願いを出すことから、事件が明るみに・・・。

この小説はヤバいですね。村上春樹の『プールサイド』が35歳折り返し地点を描いた名短篇とすると、こちらは60歳最終コーナーを描いた名短篇。上のあらすじでなんとなく分かるとは思うんだけど、実際に読むと思ったよりも身につまされます。読むといい。

※『駅路』は以下に入ってます。いかにも浅田次郎的チョイス!って感じ。


■『潜在光景』
主人公はとあるサラリーマン。会社帰りのバスの中で20年ぶりに初恋の人と偶然出会う。
未亡人となっていた彼女と不倫が始まるが、そこには6歳の男の子が居て、打ち解けようとするもののなかなかうまく行かない。そんな中、過去の自分の記憶が蘇るとともに、その男の子が自分を殺そうとしているという考えに捕われるようになり・・・。

まず、題名ね。潜在光景、ってカッコ良すぎ!ようこんな題名を思いつくよ。
考えてみると結構松本清張の作品はタイトルが上手い。『点と線』とか『ゼロの焦点』とかも格好いいし、『わるいやつら』とか個人的にはすごい好き。この作品は何というか、自分の妄念という陥穽に落ちてしまった男の話、という感じだけど、本当に妄念だったのかはわからない。
ただ、こういう風に突如エアポケットに落ちるようにして、一切の歯車が狂ってしまう事って自分たちの日常にもきっとあるんだろうなと思ってしまう。松本清張はこういう作品がままあるし、異様に上手い、これこそ本当にホラー。

※ 『潜在光景』は以下に入ってます。何か装丁もいい感じ。カメラマンの人は知らん人だったけど。



■『天城越え』
主人公は50を過ぎた位の印刷会社の男。
若かりし頃、天城トンネルを抜けた時に出会った土工、そして妖艶な女性。その女性に慕わしい想いを抱くものの、『あの男に用がある』と女性は土工のところに消えてしまうが、堪らずそれを追う男。その後・・・

この作品は構成が特に上手い。冒頭に川端康成が引用されていて、それは『伊豆の踊子』のパラレルワールドなんだというみうらじゅんの解説。短編なのに手が込みまくっている。
男はなぜ、今になってそんな昔のことを思い出しているのか。
それが構成の巧みによって、上手く明かされていく。読み進めるのが快感になる1編。

※ 『天城越え』はこれに入ってます。『証言』ってのもみうらじゅんチョイスで入ってて面白い。



と、20作品の中から読んだものの中で4つご紹介しました。

色々読んでいくと、みうらじゅんが「一生読んでいたい」という理由が少し判る。膨大な作品群があって、それぞれの作品の人間が、人間として欲望し、煩悶し、喜怒哀楽を浮かべている。読んでいると頭のなかに松本清張の登場人物たちで一つの街が構成されていくような感覚になる。
その架空の街に空想上で暮らしていけるような感覚になるからこその「一生読んでいたい」なんだと思う。

松本清張、是非1作品だけじゃなくて、集中して幾つか読んでほしい。そしたら多分、おんなじような感覚になるんじゃないかなと思います。

ちなみにケトル、表紙のイラストもみうらじゅんです。


おしまい。

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関連ブログは以下。
・雑誌ブログvol.1はこれです→ 書評:『BRUTUS 2016年 1/1・1/15合併号 "夢中の小説。"』
・松本清張の最初の書評です→ 書評and読書メモ:松本清張『点と線』『ゼロの焦点』『けものみち』
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