2017年11月2日木曜日

『SHOE DOG 靴にすべてを。』フィル・ナイト:リリカルな文章で描かれるほんまもんの起業物語。

ナイキの創業者であるフィル・ナイトがその創業期から株式上場までを著した『SHOE DOG 靴にすべてを。』。


昨年(2016年)アメリカで原著が出た時から良書だと言われていたらしく、翻訳が待たれていた。

なにせあのウォーレン・バフェットが『2016年の最高の本。フィル・ナイトは天性のストーリーテラーだ。』というコメントまで寄せているのだ。

スポーツブランドの創業者に"天性のストーリーテラー"とはオーバーだと思うかもしれないけど、読み始めてすぐにバフェットの言葉は正鵠を得ている事が判る。

物語の始まりは1960年代初頭。
マリリン・モンロー、ジェームス・ディーン、エルヴィス・プレスリー、そんなアイコンに象徴される黄金の50年代の空気冷めやらぬ中、フィルは世界一周の旅に出る。
ヒッピームーブメントが本格的に訪れて、猫も杓子も自由を求め、旅に出るのがメジャーになるのはもう少し後の事だ。

そんな中スタンフォードでMBAを取得した秀才であるフィルは就職もせずに旅に出た。
本文では結構さらりと書かれているけど、当時、この選択肢は相当にクレイジーだったと思う。

そしてこの旅の描写できっと皆、フィルが天性のストーリーテラーだと納得する。
その様子は50年前の事だなんて夢にも思えないほど確かで、瑞々しい。若い感性であらゆるものを見聞きし、感じ、思考している。旅のお供はペーパーバックの『ライ麦畑でつかまえて』と『裸のランチ』。
それはまるで、若い作家がこの夏行った旅のエッセイを書いてるかのようだ。

でもそうじゃなくてこの本は、今や世界売上ナンバーワンのスポーツブランド"NIKE"の創業者、フィル・ナイトの半生記だ。
だから勿論この旅の中に、ナイキの始まりが書かれている。

フィルは旅の途中、日本でオニツカの本社を訪れる。西海岸におけるオニツカの代理販売権を得るためだ。これはフィルの旅の目的の一つだった。

ここで運良くなのか、ハッタリが効いたのか(まぁ、実際読むとこれがよく効いてるんだけど…)、代理販売店としてオニツカの靴を送ってもらえる約束をこぎつける。

そう、知らなかったんだけど、ナイキの始まりはオニツカの靴の代理販売店だったのだ。スポーツブランドは愚か、シューズメーカーですらなかった。そこから世界のナイキに成長していく。
この本にはその代理販売店としての始まりから、1980年の株式上場まで書かれている。

この旅から始まって、彼の文章に引き込まれたら、その後は株式上場までぐいぐいと読み進んでいってしまう事請け合いだ。

ただ、この本を読んでない人たちにとっては、こんなの"若者の向こう見ずな行動から全てが始まって、あれよあれよという間に登りつめていく成功譚"で、おきまりパターンの一つに過ぎないと感じるかもしれない。

だけどこの本は違う。
正確に言うと、事実としてはそうなっていくんだけど、ほんとにおきまりパターンの一つ程度の魅力しかこの本にないとしたら、こんな500ページを越える本なんて読めないし、話題にもならない。

この本が、そんなおきまりパターンには収まらないと思う理由は2つある。

一つは、あまりにフィルに"天性のストーリーテラー"としての才能があるから。彼の書く物語は終始喜び、悲しみ、葛藤、恥じらいなどの若々しさに溢れていていつまでも年を取らないし、教養も交えたウィットも含まれている。
リチャード・ファインマンのエッセイに感じるような瑞々しい感情のひだがいつも顔を見せていて、世界一周の旅に出た時の感性と同じままで、1980年まで時を運んでくれる。

もう一つは、500ページのどこを切っても同じようにフィルが全力でやり抜いていて、あれよあれよなんてどこにもないからで、これがこの本の肝だ。
やり抜いて何とか終わって、また何かが起こって、やり抜いて。するとまた何かが起こって、やり抜いて。それからまたやり抜いて、その後にまたやり抜いて、どうしようもない事が起きて無理そうになりながらもやり抜いて、また何かが起こってやり抜いてる。その顛末をずっと書いてある。

創業者としてスタートアップから始めるって事は、こんなにもやり抜いてやり抜いてやり抜かないといけないんだなと思う。
しかもこんなにやり抜いてる様を500ページも、飽きさせずに読ませる本なんてちょっと他に知らなくて、それがバフェットをして"2016年の最高の本"と言わしめたんだなと深く納得する。

"Just Do It"って、よくCMでもやってるけど、どんなアスリートよりもこの精神を持っているのがフィルなんだと思い、このスローガンにも妙に納得がいく。
まぁ、読んでるとフィル自身はむしろ"Just Do It and Do It and Do It and Do It and Do It and Do It!!"って感じだけど。

軽々しく「起業したいっす」とか言うのは簡単だし、結構最近多いけど(特にコンサル界隈(恥))、起業だのビジネスやるだのって夢?キャリアパス?を描く事があるならば、
ここまでやれる対象があるのかって話だったり、ぐずぐず言う位ならやれる事全部やれよって話だったり、結局その辺り、骨身を惜しまずに出来るかが一番大事なんだなというのがよく分かる。
分厚い物語を読み進めるので、頭でだけじゃなく、身体も伴って分かる。
ただ、文章が良いので、とにかくなんかやりてーって気持ちにもなる。
そういうアクセルにもブレーキにもなる罪な本だった。


おしまい。

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